わすれもの

日常系オリジナル小説です

第十一話 空っぽな私には

「冒頭30分くらいお猿さん見せられたんだけど・・・」「はい・・・」

 

日々。

 

「冒頭の長回しの臨場感、すさまじかった」「まさに戦場ですよね」

 

ゆっくり、しかし確実に過ぎていく平坦な日々。

 

「あの臓物巻き取るシーンきつすぎなんだけど」「うう・・・」

 

最近、物忘れが多くなってきた。

 

「CGとか使わずにあの生々しい造形が動きまくるのすごい」「80年代とは思えませんよね」

 

昼起きて、映画を観て、感想を伝えて、寝る。

 

「脱走するシーン神々しくて好き」「観てからエレベーター乗るとき上気になるようになりました」

 

それだけの日々だったから

昨日と一昨日と一週間前、ぜんぶ代わり映えしな過ぎるせいかもしれない。

 

「撮り方は巧みだけどおじさんたちが廃墟探索するだけの3時間だった・・・」「はい・・・」

 

でも、それでよかった。

 

「タコかわいい」「ヘプタポッドいいですよね」

 

これくらい平坦で薄い毎日も、空っぽな私にはちょうどよかった。

 

「若いころの姿かっこよすぎ」「知的で冷酷な雰囲気いいですよね」

 

「あの場所に心を全部置いて帰った、空っぽな私には・・・」

 

ぼんやりとした諦観に漬かりながらなんとなく声に出した言葉。

 

「だったら・・・!」

 

独り言のつもりだった。

 

「?」

 

なにか言葉が返ってくるとは思ってなかった。

 

「だったら、取りに行きましょうよ・・・! その忘れ物!」

 

だから最初、何を言われたのかまったく理解できなかった。