最終話 わすれもの
リュックサック。モバイルバッテリー。充電ケーブル。財布。替えの衣服。ゴミをいれる用の袋。折り畳み傘。懐中電灯。日焼け止め。タオル。
「忘れ物を取りに行く」
その言葉、頷いてしまったときにはもう遅かったようで、旅の準備は恐るべき手際の良さで整ってしまった。
そして、旅が始まった。
古城戸ミズキと西風ミウ。
バスが落ちたあの崖へ行き、
そして置いてきてしまった私の心を取り戻す。
長い旅だった。
日が暮れるまで歩いた。
ひたすら住宅地を歩いた。
県境を越えた。
日が暮れるまで歩いた。
ネカフェに泊まった。
カップ麵を食べた。
日が暮れるまで歩いた。
日が暮れるまで歩いた。
服を洗った。
県境を越えた。
橋を渡った。
日が暮れるまで歩いた。
宿が閉まっていた。
雨に濡れた。
日が暮れるまで歩いた。
カプセルホテルで本を読んだ。
県境を越えた。
足が棒になった。
田舎だった。
日が暮れるまで歩いた。
米はうまい。
日が暮れるまで歩いた。
体調を崩した。
寝た。
元気になった。
日が暮れるまで歩いた。
寒い。
日が暮れるまで歩いた。
テントを買った。
日が暮れるまで歩いた。
山道。
カップラーメン。
日が暮れるまで歩いた。
野宿。
日が暮れるまで歩いた。
モバイルバッテリーが無ければ死んでいた。
日が暮れるまで歩いた。
長い旅だった。
事故現場。
足がこれ以上前に進むことを拒否し、胃の表裏が反転した。
眼窩を液体が満たした。
陸に居ながらして溺れていた。
膝をついた。
リン。
ユウ。
「ごめんなさい」
四肢。
血。
「私だけ生き残って」
血。
血。
「ごめんなさい」
明滅、ちかちか視界。
「そうじゃないでしょうが!」
頬の衝撃が私を現実に引き戻してくれる。
「全部偶然なんですよ、ミズキさんだけが生き残ったのは!
あなたが罪の意識を感じる理由なんてどこにもない!
ただただツイてただけなんです!だからあなたは!
『生きてた!ラッキー♪』って、
それだけ毎日かみしめながら生きてたらいいんですよ!
難しいことなんて考えないで!」
ミウの言葉が胸に響いたかと言われるとそういうことは無かった。
後から思い出すと、正直拙すぎる言葉だったし、何を言いたいのかまるで伝わらなかった。
でも、それで十分だった。
ミウの声が、存在が、全てが私の心を優しく、しかし力強く揺り動かした。
ミウはこの後もなんやかんやと語り掛けてきたが、何一つ頭に入らなかった。
私はミウの体にしがみつき、ただただ泣いていた。
なぜかはわからないが、「救われた」、そう感じた。
わすれものはもう、わたしのこころのなかにもどっていた。(了)