わすれもの

日常系オリジナル小説です

第十話 空虚な日々

登校初日。

 

通学に利用するバスを目の前にして

ユウとリンの散らばった四肢を思い出した。

私は嘔吐し、倒れた。

 

登校二日目。

 

代替手段として乗った電車の中。

左隣にはユウが、右隣にはリンがいる気がした。

私は嘔吐し、倒れた。

 

登校三日目。

 

私は部屋から出なかった。

 

 

 

 

 

 

手段はある。

 

自転車に乗れば無理ではない距離だ。

 

しかし私はそうしなかった。

 

そうまでして学校に行ったところで、

 

また何かの拍子にパニックになってしまうのが怖かったから。

 

 

 

 

次第に、人前でパニックになることに対する恐怖が強くなっていった。

 

私は部屋に籠るようになった。

 

西風ミウは、そんな空虚な日々から私を救ってくれた。

第九話 副産物

問題。

 

両親の愛を独り占めしていた姉がこの世を去った今、

 

私はその愛を代わりに受けることになったか。

 

回答。

 

いいえ。

 

 

 

両親の愛は姉とともに喪われてしまった。

 

西風ユウが死んでから、両親の関係は冷え込み喧嘩が絶えなくなった。

 

彼らは決して口に出さなかったが、

その顔にははっきりと

 

「死ぬのは、かわいい長女ではなく出来損ないの次女だったらよかったのに」

 

そう書いてあった。

 

一分でも、一秒でも、家にいる時間は短ければ短いほど良かった。

 

あの家の空気を吸っていると、胃袋の中の重い鉛の塊がどんどん大きくなるような錯覚を覚えるから。

 

だから古城戸ミズキの面倒をみるのは、家にいないための口実だった。

 

 

 

思わぬ副産物もあった。

 

私の知らない姉の話を聞くのは楽しかった。

 

ミズキもまた、友人の思い出話をしている間は楽しそうに見えた。

 

思い出の中の姉は、ミズキは、いつだって楽しそうだった。

 

私にはそれがこの世の何よりも美しいものに感じられた。

 

 

 

 

我が家より、古城戸ミズキの部屋の方が心休まる場所になるまでに、

 

そう時間はかからなかった。

 

 

 

第八話 姉

姉のことは好きじゃなかった。

 

姉は明るくて、元気で、誰からも好かれていた。

 

馬鹿っぽい言動をしてるくせに勉強はしっかりできるし、

運動も得意で部屋に飾られたトロフィーや賞状の数を数えるには少し骨が折れる。

 

そんな姉を両親はとても愛していた。

 

一方、妹の私はというと、

 

人付き合いが苦手だし、

 

姉より落ち着いてるくせに姉ほど勉強が出来ない。

 

運動も得意ではなかった。ゴールテープを切ったことは一度だってなかった。

 

そんな私を両親は愛していただろうか。

 

愛していたかもしれない。だとしても、それは小学六年生の冬までだろう。

 

姉と同じ名門中学、その合格者一覧をいくら探しても私の受験番号が見つからなかった日、その日両親は私を見放した。

 

 

誰もが姉に親しみを覚える。

 

当然だ。

 

なんでもできるくせに嫌味なところが無い。

 

親しみやすくて誰とでも会話が弾む。

 

きっと私だって例外じゃなかった、はずなんだ。

 

たぶん私は姉のことを好きだった。

 

姉がいつも私のことを気にかけてくれていたことも知っている。

 

それでも姉が苦手だったのは嫉妬だったのだろう。

 

親の愛を独り占めする姉に対する、嫉妬。

 

本当は私も姉と話したかった。

 

本当は一緒に遊びたかった。

 

そのことに気づいたのは、姉が死んでからだった。

 

もう二度と姉に素直になることが出来ない今になって、姉のことが実は好きだったこと、もっと姉の前で素直になりたかったことに気づいた。

 

「喪って分かる大切さ」、陳腐な言葉だ。

 

そしてこの陳腐さこそが正しさの証左なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

第七話 宿題

「ただいま~」

 

「我が家」に帰った時には言わない言葉を、ミズキの部屋を訪れるときには口にすることが当たり前になっていた。

 

「おかえり」

 

「宿題はちゃんとやりましたか?」

 

「うん。ちゃんと観たよ。

難解だったけど面白かった。夢の中でさらに夢を見るっていうギミックが面白かった」

 

映画『インセプション』監督はクリストファー・ノーラン

今日はミズキに、この映画を観てもらった。

 

「あのこま、倒れると思います?」

 

「それは・・・考える意味、ないと思う」

 

「そうですね。明示されないからこそ美しいんですよね」

 

古城戸ミズキはあらゆる気力を失っているのか、生命維持に必要な最低限の食事と睡眠、そしてシャワー以外自分の意思で何ひとつ行おうとしない。

 

私が学校にいる間ずっとふとんの上でうずくまっているようでは、ミズキの心は回復しないに決まってる。

 

そこで私は「宿題」を出すことにした。

 

私が学校にいる間、ミズキには映画を観てもらう。

 

学校が終わったら私はミズキの部屋を訪れ、映画の内容や感想について語り合い、

新しい宿題を出す。

 

これは絶対ミズキのためになると思ったし、それに家にできるだけいたくない私としても好都合だった。

 

すくなくとも私にとっては、毎日の楽しみの一つとなっていた。

 

明日は『ガタカ』を観てもらおうかな。

第六話 暗い部屋

古城戸ミズキの部屋。

 

暗い。

 

比較的整っているが、掃除が行き届いているというよりはまだ散らかっていないだけという雰囲気。

 

当然だろう。古城戸ミズキがこの部屋で暮らし始めてからまだ一年経っていないらしいから。

 

ゴミなどもない。旅行前日にゴミ出しをしたからだろう。

たかだか三日の旅行なのにしっかりしている。

 

結果的に四十日ほど部屋を開けることになったことを考えると大正解だったわけだが。

 

居間の扉を開ける。

 

暗い。

 

部屋の中央に倒れている人間。古城戸ミズキ。

 

死んでいるように見え、あせる。

 

耳を澄ます。

 

さすがにそんなことはなかった。息をしている。

 

大方、部屋に着いた途端に力が抜けて寝てしまったのだろう。

 

綺麗に畳まれたふとんを敷く。

 

古城戸さん、起きてください。ほらふとん出しましたよ」

 

反応なし。寝ている。

 

仕方ないな・・・。

 

肩をゆすって声をかける。

 

「そんなところで寝ていたら風邪ひいちゃいますよ、古城戸さん!

 

そしてゆっくりと古城戸ミズキは目を開いた。

第五話 夢

バスは深い霧の中を走っている。

 

左隣にはユウが、右隣にはリンがいる。

 

「*******! *****、*******?」

 

ユウが話しかけてくる。声は聞こえるのに聞き取れない。

 

「********」

リンの声。聞き取れない。

 

「あ、あはは」

乾いた笑いが漏れる。

怪訝な顔をする二人。

 

「***?」

 

「*********」

 

「******!」「****」「*********?」「********」「*?」

「**********」「********」「***?」「*******!」「********?!?」

「****!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」「*????????????????」「********!???!?!?!!??」

「???????????????????!!!!!!!!!!!!!*********!!!!!!!!!」「*!!!!!!!********_????????/!"#1%$」

「>#!"$%"#$%!"#"#」

 

動悸がする。

空が暗く、明るく、目まぐるしく移り変わる。

頭を抱え、目を閉じる。声にならない叫びをあげる。

 

...

 

...

 

...

 

再び目を開けたとき、車内には私しかいなかった。

 

霧の中を私だけを乗せたバスが進んでゆく。

 

私だけ。

 

この世界には私一人しかいない。

 

そう理解した瞬間、猛烈な恐怖を感じる。

 

力の限り窓を叩く。

 

ガラスが割れたって良い。破片なんてどうでもいい。

 

なにがどうなったっていいから、とにかくこのバスから出たい。

 

でも、どれだけ必死で叩いても、

 

バスはびくともしなかった。

 

シートに横たわる。勝手に涙が流れてくる。

 

...

 

...

 

突然、私だけが乗るバスを強い揺れが襲う。

 

地震

 

違う。そんな程度のものではない。

 

世界の終わり?

 

バスは白い光に包まれ、意識に加速感を覚える。

 

声。

 

 

 

 

「・・・さん!」

 

 

 

声が聞こえる。

 

 

 

「古城戸さん!」

 

 

 

 

私の名前を呼んでいる。

 

 

 

 

 

「そんなところで寝ていたら風邪ひいちゃいますよ、古城戸さん!

 

肩を揺さぶられながら、私は目を覚ました。

 

 

第四話 西風ミユ

古城戸ミズキ。

 

姉の友人。

 

凄惨な事故の唯一の生還者。

 

姉の命を奪った交通事故。

 

 

 

(まずったな・・・ 退院の日、なんで聞かなかったんだろう)

 

電話、メッセージ、DM、全て反応がない。

 

古城戸ミズキは無事だろうか。

 

たまたま今日が退院日でよかった。

 

気づくのが遅れていたら、

取り返しがつかないことになっていたとしてもおかしくない。

 

それくらい、彼女はからっぽに見えた。

 

古城戸ミズキの心はまるで、あのバスに置きっぱなしのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

古城戸ミズキのマンションの住所を突き止めるのは簡単だった。

 

突き止める、という言葉は正しくない。

 

彼女のマンションは実家から飛行機で一時間離れたところにある。

 

多忙な彼女の両親が休職を検討していたとき、

古城戸ミズキの面倒をみることを買って出たのが私だった。

 

彼女の両親にメッセージを一通送った。

感謝の言葉とともに私は古城戸ミズキの住所を手に入れた。

 

 

 

 

 

小奇麗なマンションだ。

 

玄関の前に立ち、気づく。

 

鍵を開けられない。

 

再び古城戸ミズキの両親にメッセージを送る。

 

【玄関は呼び出しボタンを押した後、〇〇〇〇(4桁の数字)で開きます

娘の面倒見てくれて本当に感謝しています】

 

すぐさま返信がきた。

セキュリティとしてどうなんだ。

 

エレベーターに乗る。

 

なかなかとろい。

 

スマホを弄っているうちに到着。

 

古城戸ミズキの部屋の前。

 

扉の前に立つ。

 

さすがにちょっと緊張する。

 

インターホンを鳴らす。

 

当然のように反応がない。

 

寝てるのか?

 

・・・寝てるだけならいいが。

 

なんとなく、鍵が開いている気がした。

 

ドアノブに手をかけ、目を閉じる。

 

しっかりと力をかける。

 

 

 

 

そして、

扉はあっさりと開いた。