わすれもの

日常系オリジナル小説です

限界世界少女 第5話 『次に来る人の為に』

 

「なずな、ママに『原因』聞いたら『いい加減なことばっかいってはぐらかし』てきたって言ったよね。 あれ、『いつの間にか消えていた』、みたいな内容だったり、する・・・?」

 

「正解。同じこと考えてた」

 

この世界が思ったよりも新しいことに気づいたのは割と最近だった。

 

幼いころ、あたしの周りには透明人間がいっぱいいた。

 

透明人間にはあたしや普通の人間の姿は見えず、

またあたし以外の普通の人間からは透明人間の姿は見えないようだった。

 

彼らは時が経つにつれ姿を消していった。

 

よくある、物心がつくと見えなくなるお化けみたいなものだと思っていた。

 

「世界五分前仮説という言葉、知ってる?」

 

ちょうどせりがいなくなった頃からだ。

 

また透明人間が見え始めたのは。

 

「反証も証明もできないやつだよね?」

 

日に日に透明人間は増えていった。

 

そして日に日に人間が減っていった。

 

「そ。あれらしい」

 

街から人が消える。

 

そうして生じた廃墟は、しかしながら荒れることが無かった。

 

「?」

 

人が消えた建物からはむしろ、清潔感を感じることに気が付いた。

 

理由はすぐに分かった。

 

「実際にはちょっと違うけど、この世界はだいたいあんな感じぽい」

 

消えたのは人だけではない。

 

人がいた痕跡すらも消えていたのだ。

 

「じゃあ、ここは5分前にできた世界なの?」

 

「そういうわけじゃない。でも、この世界には学校で習うような歴史はないし、

あたしたちが生きてきた時間は年齢よりもだいぶ短い」

 

生活感が消えてゆく街。

 

「思ってたより若いってこと?」

 

遠足を思い出す。

 

先生はいつも言っていた。「次に来る人の為に来た時よりもきれいにしましょう」

 

尤もこれも実際には起きていない、形だけの記憶かもしれない。

 

「そうっちゃそう。

それだけなら全然良かったんだけど」

 

重要なのはそこではない。

 

「・・・けど?」

 

「この世界はもうすぐ、あたしらのものじゃなくなるっぽいんだ。

だから人が消えていってる。次の持ち主に譲るために」

 

この世界は、次の世界の為にきれいになっていく。

 

「この世界は今や死ぬ直前の世界だし、生まれる前の世界なんだ」

 

街がきれいになってゆく。

 

「あたしには見えてるんだ。あたしにだけ。『次の世界』が生まれゆく過程が」

 

街から人が消えてゆく。

 

「この死にゆく世界で、人が消えれば消えるほど、次の世界の人が生まれてゆく・・・」

 

「街から生活感が消えてゆく。

そうして最後、完全にまっさらになった時」

 

「それが最後。今の世界は完全に終わり。

新しい人たちのための、まっさらな新しい世界が始まる」

 

そこにあたしたちはいないんだ。

 

限界世界少女 第4話『この先に、本当に人間はいるのか』

「今日、休み多くない?」

「もうインフルの季節だっけ?」

 

そんな会話が聞こえる。

今日の欠席者は5人。

インフルが流行っているという話は聞かないが・・・。

 

欠席者は日が経つにつれ増えていった。

欠席の理由について教師は何も話さなかった。

ただただ普段通り出席確認が行われた。

名前が欠席者のものだった時の沈黙が寒々しかった。

 

やがて欠席者の方が多くなり、

今日にいたっては担任が欠席した。

 

明日から学校が閉鎖されることが通達された。

 

学校だけじゃなかった。

あらゆる教育機関、施設、店舗、サービスは次々と閉まっていった。

 

街から人が消えてゆく。

活気の形骸を見るのは空しかった。

外に出ることが減った。

段々なずなとも会わなくなった。

寒々しいこの世界で、活気はインターネットにのみ見つけることが出来た。

そんな日々がしばらく続いたとき、ふと感じたことがあった。

 

この先に、本当に人間はいるのか?

 

ディスプレイを通じて、わたしは他の人間とコミュニケーションを取っていたつもりだった。

でもそこに本当に人間がいるかどうか、わたしには知るすべなんてないのだ。

仮に機械が人間のふりをして人間そっくりの文章を、会話を行っていたとしても、

わたしはそれに気づけないかもしれない。

むろん、そんなことはないと頭では分かっていた。

いずれそんな機械が出てくるかもしれない。

でも、今じゃない。

今はまだ、機械には人間そっくりの会話はできない。

だからきっと、ディスプレイの先には人間はいるのだろう。

そんなことはわかっていた。

でも。

不安?

寂寞?

ただの文字列ではそれらは到底癒せなかった。

人に、会いたい。

 

気付くと、わたしは電話をかけていた。

 

「・・・もしもし、なずな」

限界世界少女 第3話『少しの揺れと軽い浮遊感』

「ありがとうございました~」

茶髪にピアス。

威圧感を覚える容姿に気おされるわたしと、にこやかな笑顔と朗らかな声の店員さん。

この人に一本道ですれ違うことになったら、わたしは思わず気配を消そうと無駄な努力をしてしまうだろう。

そういう人でさえも店員というロールを演じる時はにこやか笑顔・ほがらかボイスなんだ。

 

支払いを終え、帰る。

今日はわたしが払う日だった。

なずなとは頻繁にカラオケに来ている。

都度割り勘にするのも面倒なので交互に支払うことにしているのだ。

 

「あの男の人、ピアスばちばちでちょっと怖かった・・・」

「あの店員、よく見たら女だったよ。ああいうカッコいいお姉さん、憧れるな~」

 

びっくりして振り返る。

「・・・あれ?」

 

店員さんの姿はどこにもなかった。

 

「何してんの? エレベーター閉まっちゃうよー」

あわてて小走りで乗り込んだ。

 

少しの揺れと軽い浮遊感。

エレベーターに乗るときいつも考える。

この小さな空間の外側には何もないんじゃないかって。

無理やりこの扉を開けてみたら、

そこには涯てのない真っ暗闇だけがあるんじゃないかって。

永劫。

永劫この中に閉じ込められるとしたら、

安全だけしかないこの小部屋の中で永劫を過ごすか、

死だけしかない真っ暗な宇宙に飛び出すか、

どちらを選ぶだろう。

 

一瞬の体を押し付けられるような感覚。

 

扉が開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙が・・・

 

 

 

 

 

 

「宇宙?」

 

なずなの怪訝な顔。

扉の外には宇宙なんてなかった。

白い空と人ごみ。

ただの現実世界。

そりゃそうだ。

 

 

 

 

 

限界世界少女 第2話『引け目』

なんだかんだ3時間歌ってほどよく疲れたわたしたちは忘れないように伝票を持って部屋を出る。

 

「ん?」

なずなが立ち止まる。

「なんだろ」

受付はなんだかちょっとだけ騒がしかった。

「ちょっと待ってて」

なずなはぼうっと立っている人に声をかけた。

「人集まってますけど、なんかあったんですか?」

 

こういう時臆さず見知らぬ人に声をかけられるなずなは、わたしから見ると異星人だ。

人見知りで、わからないことがあっても人に聞けない、極力自分の中で答えを探そうとするわたしと、考える前にまず人に聞くなずな。

『だって、効率が良いじゃん? 目の前にすでに考えた後の人がいるなら、あたしがわざわざ考えるのは無駄でしょ』

とか言っていたっけ。

無駄。

無駄かあ。

それは人によると思った。

思考にかかるコストと、見知らぬ人に声をかけるのにかかるコスト。

わたしにとっては前者は問題にならず、後者は膨大だ。

なずなにとっては逆なんだろう。

だから引け目に感じる必要はない、そう自分に言い聞かせたっけ。

 

「あれだってさ」

「あれ?」

「そう。店員、どこにもいないんだって」

「店員さんが? 呼び鈴鳴らした・・・よねそりゃ」

「もち。中覗いたりもしたけどどこにもいないらしい。

それで本社に問い合わせして、別店舗から店員来てもらってるとこだって」

「大変だね。・・・どうする?」

 

『どうする?』って、良くない言い方。

丸投げ同然で申し訳なくなる。直したい。

 

「どうせフリータイムだし、戻んない?」

「賛成」

 

そんなわたしの丸投げを全然気にもしないなずな。

いつも感謝してる。

限界世界少女 第1話『いないんだから。』

「それで・・・その、『原因』が何かは聞いたわけ?」

なずな。幼稚園の頃からの友だち。

 

「うぅん。ママ『わかんない』ばっか」

首を左右に振るわたし。

 

フリータイム。

入室から二時間、小休憩。

 

「だよね、いい加減なことばっかいってはぐらかして。子どもだから教えられないっての?」

「でも実際、子どもだし」

デンモクを操作する。

歌う曲を探しているわけでは無かった。

なんとなく、なずなの顔を見ることができなかった。

「そうだけどさあ!そうだけど・・・」

テーブルの上のコーラを勢いよく飲み干す。

「それでも、あたしらには知る権利」

コップを叩きつけるように置き、吐き捨てる。

「あると思うんだけど!」

「落ち着いてよ・・・」

「だってさ・・・!」

「それはきっと!」

意識して強めの声を出す。

「・・・それはきっと、大人たちのやさしさだから」

 

「・・・そうだな」

 

「知るべきじゃないことは、知らない方がいいんだよきっと」

 

本心じゃなかった。

本当はなずなと同じ気持ちだった。

思っていることを言うのが苦手なわたしにとって、

なずなはいつもわたしの心を代弁してくれる存在だった。

 

わたしとなずなとせりちゃんは幼稚園の頃からずっと一緒だった。

小学生になってもずっと一緒に遊んでいた。

せりちゃんは昔から頭がよくって、だから中学受験をするって聞いたときはわたしは驚かなかった。

なずなは最初は怒ってたっけ。「中学が別になったっていつでも遊べるでしょ」ってなんとか宥めすかした記憶がある。

結局、中学に入ってからわたしたち三人が揃うことはなかった。

今になって、せりちゃんともっと遊んでおけばとか考えてしまうが、そんなのは無意味だ。

だって、せりちゃんはもう、

最終話 わすれもの

リュックサック。モバイルバッテリー。充電ケーブル。財布。替えの衣服。ゴミをいれる用の袋。折り畳み傘。懐中電灯。日焼け止め。タオル。

 

「忘れ物を取りに行く」

 

その言葉、頷いてしまったときにはもう遅かったようで、旅の準備は恐るべき手際の良さで整ってしまった。

 

そして、旅が始まった。

 

古城戸ミズキと西風ミウ

バスが落ちたあの崖へ行き、

そして置いてきてしまった私の心を取り戻す。

 

長い旅だった。

日が暮れるまで歩いた。

ひたすら住宅地を歩いた。

県境を越えた。

日が暮れるまで歩いた。

ネカフェに泊まった。

カップ麵を食べた。

日が暮れるまで歩いた。

日が暮れるまで歩いた。

服を洗った。

県境を越えた。

橋を渡った。

日が暮れるまで歩いた。

宿が閉まっていた。

雨に濡れた。

日が暮れるまで歩いた。

カプセルホテルで本を読んだ。

県境を越えた。

足が棒になった。

田舎だった。

日が暮れるまで歩いた。

米はうまい。

日が暮れるまで歩いた。

体調を崩した。

寝た。

元気になった。

日が暮れるまで歩いた。

寒い。

日が暮れるまで歩いた。

テントを買った。

日が暮れるまで歩いた。

山道。

カップラーメン。

日が暮れるまで歩いた。

野宿。

日が暮れるまで歩いた。

モバイルバッテリーが無ければ死んでいた。

日が暮れるまで歩いた。

長い旅だった。

事故現場。

足がこれ以上前に進むことを拒否し、胃の表裏が反転した。

眼窩を液体が満たした。

陸に居ながらして溺れていた。

膝をついた。

リン。

ユウ。

「ごめんなさい」

四肢。

血。

「私だけ生き残って」

血。

血。

「ごめんなさい」

明滅、ちかちか視界。

「そうじゃないでしょうが!」

頬の衝撃が私を現実に引き戻してくれる。

 

「全部偶然なんですよ、ミズキさんだけが生き残ったのは!

あなたが罪の意識を感じる理由なんてどこにもない!

ただただツイてただけなんです!だからあなたは!

『生きてた!ラッキー♪』って、

それだけ毎日かみしめながら生きてたらいいんですよ!

難しいことなんて考えないで!」

 

ミウの言葉が胸に響いたかと言われるとそういうことは無かった。

後から思い出すと、正直拙すぎる言葉だったし、何を言いたいのかまるで伝わらなかった。

 

でも、それで十分だった。

 

ミウの声が、存在が、全てが私の心を優しく、しかし力強く揺り動かした。

ミウはこの後もなんやかんやと語り掛けてきたが、何一つ頭に入らなかった。

私はミウの体にしがみつき、ただただ泣いていた。

なぜかはわからないが、「救われた」、そう感じた。

 

わすれものはもう、わたしのこころのなかにもどっていた。(了)

第十一話 空っぽな私には

「冒頭30分くらいお猿さん見せられたんだけど・・・」「はい・・・」

 

日々。

 

「冒頭の長回しの臨場感、すさまじかった」「まさに戦場ですよね」

 

ゆっくり、しかし確実に過ぎていく平坦な日々。

 

「あの臓物巻き取るシーンきつすぎなんだけど」「うう・・・」

 

最近、物忘れが多くなってきた。

 

「CGとか使わずにあの生々しい造形が動きまくるのすごい」「80年代とは思えませんよね」

 

昼起きて、映画を観て、感想を伝えて、寝る。

 

「脱走するシーン神々しくて好き」「観てからエレベーター乗るとき上気になるようになりました」

 

それだけの日々だったから

昨日と一昨日と一週間前、ぜんぶ代わり映えしな過ぎるせいかもしれない。

 

「撮り方は巧みだけどおじさんたちが廃墟探索するだけの3時間だった・・・」「はい・・・」

 

でも、それでよかった。

 

「タコかわいい」「ヘプタポッドいいですよね」

 

これくらい平坦で薄い毎日も、空っぽな私にはちょうどよかった。

 

「若いころの姿かっこよすぎ」「知的で冷酷な雰囲気いいですよね」

 

「あの場所に心を全部置いて帰った、空っぽな私には・・・」

 

ぼんやりとした諦観に漬かりながらなんとなく声に出した言葉。

 

「だったら・・・!」

 

独り言のつもりだった。

 

「?」

 

なにか言葉が返ってくるとは思ってなかった。

 

「だったら、取りに行きましょうよ・・・! その忘れ物!」

 

だから最初、何を言われたのかまったく理解できなかった。